このブログは私が45歳の時、南山中高等学校(男子部)で中学2年生の英語を担当していたときに発行していた「日英バイリンガル通信」の復刻版です。第1号(1988年)から1992年の第36号(1992年)まで発行しました。生徒は高3まで持ち上がりました。学年が進級するにつれ、英語の語彙と文法のレベルが上がっています。教えた文法の制限内で中身のある英語を書くのには苦労しましたが、案外おもしろかったことを覚えています。各通信のイラストはブログ用に後からつけたものです。2010年3月19日記す。67歳 (残念ながら第7号が紛失したらしく見当たりません。教え子の誰か、まだ保管していたら教えてください。)

2010年5月17日月曜日

[21] イラクの富樫ノ左衛門(上) TOGASHI IN IRAQ (Part 1)

南山高等学校 1年 日英バイリンガル通信 NO. 21 January 21, 1991


イラクの富樫ノ左衛門(上)

 片倉邦雄さんを知っていますか。駐イラク大使です。昨年12月に日本人の人質が解放されましたが、毎日新聞は片倉さんにインタビューしました。

毎日新聞:大使自ら人質の下を訪ね歩いたとか。

片倉さん:五か所回りましたが、面会は許可されませんでした。でも一度だけある工場の金網の中でソフトボールをしているのが見えて、車を止めて見ていたら、ボールが転がって日本人の人質の一人が取りに来たんです。その人が「日本人ですか」と声をかけて来たんで、「大使館の片倉です」と言うと、びっくりして金網にすりよって、20分ぐらい話をしました。このときは一番うれしかったですね。あとで分かったんですが、工場長は知っていて見逃してくれたんですよ。

 なかなかいい話ですね

     TOGASHI IN IRAQ (Part 1)

  Do you know Mr. Kunio Katakura? He is the Japanese ambassador to Iraq. Last December when all the Japanese hostages were freed, the Mainichi Newspaper had an interview with him.

Mainichi: You yourself visited several places to meet Japanese hostages, didn’t you?

Katakura: Yes. I visited five places, but they did not allow me to meet Japanese hostages. However, one time, I saw some Japanese playing softball inside a wire fence of a factory. I parked my car, and was looking at them. Then, the ball came rolling toward me, and one of the players came running after it. He noticed me, and said, “Are you a Japanese?” I replied that I was Katakura from the Japanese Embassy. He was surprised, and came close to the fence. I was very happy. Later, I learned that the factory chief had found us talking but that he pretended not to see us.

  Isn’t this a nice story?

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